第1話の壮絶な虐待で、母親としての立場から目をそむけたくなるようなお話でしたが、その後、北斗がどうなるか心配で気になってしまいました。

 

父親が北斗を傷つけ、自殺をしてから母親は抜け殻のようになってしまいます。学費を振り込んでいない母親に、今後が心配になってしっかりするように北斗は懇願します。

 

しかし、母親はうわの空で、あの父親の遺骨を抱えて、しくしく泣きながら北斗にではなく父親に謝る母親。もう、こんな状況は高校生ぐらいでは意味不明でしょう。私から見れば、これだけで立派な虐待に感じます。

 

 

「つらい思い」なんて言葉では済まない日々を、父親のもとで送ってきた北斗は、思い余って、母親の持っている骨壺を払い落し、遺骨を捨てようとすると、ぼんやりしていた母親は必死に止めようとします。

 

 

北斗は止めようとした母親を振り払い、顔にビンタしてしまいます。正直、もう母親を擁護する気持ちには到底なれませんよね。目の前の生きている息子を見ずに、DVが酷かった死んだ夫の方を見ている。知り合いでそんな人いたら、本当に張り倒したくなると思います。

 

 

それだけならまだしも、母親はビンタされたことで、変なスイッチが入ってしまいます。父親がしていたことを、今度は北斗にするように求めるようになりました。ここまでくると大人の私でも理解不能です。

 

しばらく、父親の再現をする北斗は、以前お世話になった児童相談員に相談しに行きます。素直に自分のやったことを告白し、それを親身になってきいてくれる相談員のおかげで、北斗は母親との生活から抜け出すことができました。

 

北斗は2話で母親の虐待から脱出

修道院で穏やかに暮らした後、児童相談員の紹介で、里親の近藤さんを紹介されます。高校生から見れば母親というよりは、おばあちゃんの方がしっくりくるほど年の離れた女性です。

 

しかし、本来、子供が当たり前のように受けている愛情を目の当たりにして、北斗は戸惑っていまい、タバコやゲーセン通いで軽く非行に走りがちになってしまいます

 

せっかく普通の暮らしができるようになったのに、彼には「普通」が分からなくて、温かく見守ってくれることも何が何だか分からなかったのだと思います。

 

暴力が愛情と錯覚させられるように、小さいころから植え付けられたら、それが「普通」になってしまいますよね。それを考えるだけでもなんだか胸が詰まる思いがします。

 

普通に違和感がある北斗

産まれてから初めて、北斗は「普通」にたどりついたため、そこから幼児のような親を試す行動を里親の「おかあさん」に対して取ります。要は相手をどうにかして怒らせようとするのです。

 

どこまでやれば怒られるのか、ついこの間まで3歳児の娘がそれだったので、高校生の北斗なのになんだか重なりました。そしてようやく、「おかあさん」の愛情を受け入れられる心が出来て、そのことを「おかあさんは僕にいのちをくれた」と、里親の話を国選弁護人に話すのです。

 

 

その話を聞いた国選弁護人は、やりきれない雰囲気で物語が終わっていきます。なぜならば、北斗の犯した殺人はその「おかあさん」の死がきっかけだったからです。またまた次回が気になる終わり方でした。